「Milk inside a bag of milk inside a bag of milk」というノベルゲームをクリアしたので、感想を書く。プレイ時間は1周15分ほど。


 ノベルゲームというものは、ゲーム作者の思想があってその作者の思想から発生したシナリオの通りに動くキャラクターを通して作者の思想…物語性を読み取るゲーム…と私は認識している。それ故にノベルゲームのキャラクターはシナリオに縛られていて、プレイヤーはシナリオに沿った「正しい選択肢」を選ぶ。このゲームであれば「牛乳を買いに行く少女を助けるための選択肢を選ぶ」。キャラクターはそのための行動を行い、プレイヤーは目的の達成のために必要なキャラクターの思考…選択肢を考える。キャラクターの思考を追従しながら物語を楽しむ、それがノベルゲームの面白さだろう。


 このゲームも他のノベルゲームと同様に「牛乳を買いに行く少女を助けるために」提示される選択肢から「無事に少女が買い物を終えられるような」選択肢を選んでいくのだが、少し…他のノベルゲームとは異なるものとなっている。


 端的に言ってしまえばこのゲームは「”ノベルゲームという体で牛乳を買う”ことを遂行しようと考えた少女によって作り出されたノベルゲーム」とメタフィクションの構造が取られている。ノベルゲームにはプレイヤーたる選択肢を取る人物がおり、それはゲームをクリアするため…今回でいえば「少女の買い物を終える」というミッションのために尽力をつくしてくれる(ゲームのエンディングを見るために)。少女は自らの「外で買い物を行う」というハードルを越えるためにプレイヤーをノベルゲームという体で利用するのである。


 プレイヤーが少女の意に沿わない選択肢を選んだ場合、「今回のXX(プレイヤーが最初に決めた名前)はダメみたい」と言い、ゲームを終了(タイトル画面に戻す)する。これはちょっと面白い仕組みだなと思った。ちなみにタイトルへ戻った直後にやり直す際、前回と同じプレイヤーの名前を入力すると「…また君?」といった風に反応が返ってきて面白かった。(ちなみに三度目は反応がない。ちょっと残念である。自分は3回目のミヨがクリアしてくれました。)


 少女はかなり精神的に参っているようで、何らかの精神疾患を患っていることが選択肢や地の文から伺える(恐らく現実にある病気ママではない…と思う)。選択肢はおそらく幻聴として聞こえてくる声を少女がゲームの選択肢として表示しているのだろう。選択肢は明らかに少女を馬鹿にしたようなものがあるし、少女の行動を逐一監視するようなものもある。これらは幻聴の症状として典型的なものだ。


 少女はそんな選択肢(幻聴)を聞きながら牛乳を買いに行く。このゲームの物悲しいところは、そんな幻聴は彼女の脳内で発生したものであるという事実だ。幻聴というものは自分の思考が他人の声として聞こえるという場合があり、その場合、少女を小馬鹿にする選択肢は彼女自身の思考…普段の自罰的な思考が垣間見える。


 現実の病気と異なるのは少女の一線を越えた選択肢を選んだ場合(BADENDの選択肢を選んだ場合)、「今回の幻聴はダメだ」と切り捨てられるところだろう。この辺りはゲーム性を持たせるためとも考えらえるし、彼女がただ「お店に牛乳を買いに行く」ということを行うために幻聴を一個の人格として設定しなければならない程病的であると示しているようにも思う。


 中盤、彼女は自らがおかしくなってしまった理由を語る。ある事故をきっかけに彼女の脳はおかしくなってしまい、すべてが赤い色に見え、精神疾患のための薬が何度か処方されているが新しく処方された薬があまり効いていないことが分かる。これは主人公の立場をプレイヤーへ説明を行うためでもあるのだが、最後のシーンで「自宅に戻りたくない」ための時間稼ぎであることが分かる。


 自宅に戻った主人公は母親から「牛乳は買えたか」「新しい薬は効いているか」と質問をされるのだが、それに対して「はい、ママ」としか返答しない。母親のグラフィックは不気味な人形の姿が使われており、主人公から見た母親は「冷たく恐ろしいもの」として表現されている。このことから主人公の置かれている状況は悲惨なものであると推測できる。新しく処方された薬は症状に効いていないのに、主人公はその事を日常で一番近い人間である母親に伝えられていないのである。命に係わる薬の件ですらこうなのだから、日常でも些細なことを相談するような仲ではないことが伺え、これは何らかの精神疾患を患っている主人公にとってかなりきつい状況だろう。主人公が自罰的な思考に陥ったのもこの家庭環境のせいなのでは…というのは考えすぎだろうか。


 そしてそこでゲームは終了する。彼女の目的(お店に行って牛乳を買う)は達成されたのだからゲームがクリアされるのは良いのだが、主人公の状況は好転しないまま終わるのでモヤモヤした気持ちが残る。一応続編として「Milk outside a bag of milk outside a bag of milk」があり、そちらで主人公を救うことができる…ようなのでいつかプレイしてみたい。


 ちなみに英語版を選択すると地の文と選択肢が合成音声で読み上げられるので、少女の気分―幻聴による行動の選択を―をより味わいたいのであれば二週目は英語版を選択することをオススメしたい。(ただしWindowsか何かの標準読み上げ機能によるものなので「’」がシングルクォーテーションと読み上げられてしまったり、「ha-ha」などがヘクトパスカルと読み上げられてしまうので微妙に雰囲気が損なわれてしまうのだが…)












 英語版のほうが日本語版よりゲームの内容を明確にしているように思う。日本語版だとなんだか気軽な気持ちで牛乳を買いに行くように見えるが、英語版だと主人公は牛乳を買いに行くことすら難しいのだというのが伝わりやすい。


 なお、ゲームの途中でキーボード入力を求められることがあるのだが、英語版の場合きちんとした英語で(つまり文頭は大文字にする)入力しないと無限ループに陥るので気を付けて。


 今ならセールで現実の牛乳を買うより安い!通常時の値段も現実の牛乳より安いかもしれない。ただ15分ほどで全実績が取得できるほどなので、買うかどうかはSteamのストアページを見てピンときたら買うのがいいかもしれない。